前橋地方裁判所 平成10年(ワ)38号 判決 1998年12月18日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は、原告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
(被告)
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、地方公共団体である被告に対し、訴外乙山松夫(以下「松夫」という。)名義の平成七年七月三日付け印鑑登録申請(印鑑登録の廃止に伴うもの)について、被告の職員に本人確認及び本人意思確認を十分に行わなかった過失があるとして、国家賠償法一条に基づき、原告が別件民事訴訟で敗訴(原告が保証契約及び担保権設定契約を締結した相手は松夫でなかったと判断された)した結果回収できなくなった貸付金四〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年二月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
二 争いのない事実等
(以下、認定に使用した証拠等は括弧内に掲げる。)
1 平成七年七月三日、松夫ではない誰か(以下「松夫と称する者」という。)が、訴外丙川竹夫(以下「丙川」という。)とともに前橋市役所に赴き、松夫であるかのように振る舞って、松夫の印鑑登録の変更すなわち印鑑登録廃止届及び印鑑登録申請をした(以下合わせて「本件変更申請」と、後者を「本件申請」という。)。
本件変更申請を担当した前橋市役所の職員は、本件変更申請どおり、従前の松夫の印鑑登録を廃止して、新しい印鑑登録をした。
松夫と称する者は、同日、変更後の印鑑登録証明書三通の交付を受けた。その後、同月七日にも、松夫の印鑑登録証明書が更に三通交付された。
(《証拠略》。なお、証人丙川は、松夫本人が本件申請を行ったと供述し、甲第二六号証中にも同旨の記載があるが、<1>本件申請のための印鑑登録申請書・印鑑登録票の松夫の電話番号は同人の自宅のものとは明らかに異なること、<2>松夫は当時大腸ガンの手術後療養中であり、妻梅子と同居していたことからすると、市役所に赴いて本件申請をする等長時間外出できたか疑問であること等に照らして、採用できない。)
2 丙川は、事業資金の入手先を探しており、同月中旬ころ、人づてに甲野産業グループのオーナーである訴外甲野太郎(以下「甲野」という。)を知り、松夫が保証人となること及び松夫の所有する前橋市《番地略》の土地外五筆の土地(以下「本件土地」という。)を担保提供できること等を同人に話して、四五〇〇万円の融資を申し込んだ。
丙川は、同月二四日ころ、甲野から、本件土地に売買予約仮登記及び抵当権設定仮登記を付けること、公正証書を作成することを条件に、原告が丙川に四〇〇〇万円貸し付けるとの返事を受けた。
3 原告は、平成七年七月二七日、丙川に対し、弁済期を同年一二月末日として四〇〇〇万円を貸し渡すとともに、松夫と称する者との間で、丙川の右借入金債務の連帯保証契約並びに右借入金債務の担保として本件土地を代金四〇〇〇万円で原告に売り渡す売買予約及び本件土地についての抵当権設定契約(以下「本件契約」という。)を締結し、原告の代理人、丙川及び松夫と称する者が公証人役場に出頭して、公正証書が作成された。
この際、松夫と称する者は、公正証書の原本に署名して変更後の実印を押捺し、同月七日付けの印鑑登録証明書を公証人に提出しており、これによって本人確認がされた。
4 同日、山田勝司法書士が、松夫と称する者から委任を受け、抵当権設定仮登記及び所有権移転請求権仮登記の申請手続を行うこととなったが、この際にも、松夫と称する者は、登記申請委任状へ署名捺印し、印鑑登録証明書(同月七日付け)を提出した。
右各登記申請がなされ、本件土地に、いずれも原告を権利者とする抵当権設定仮登記及び所有権移転請求権仮登記が経由された(以下「本件仮登記」という。)。
5 松夫は平成七年九月一八日死亡し、松夫の相続人である訴外乙山一郎が、原告を相手として、本件仮登記の抹消登記手続請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起した。
この訴訟では、本件契約の締結者及び本件仮登記の申請を司法書士に委任した者が松夫本人であったかが争われ、審理の中で、本件申請に関する印鑑登録申請書が取り寄せられ、松夫本人が改印手続を行ったかどうかも審理された。
第一審前橋地方裁判所は、平成九年三月二五日、本件契約締結者、本件仮登記の申請を司法書士に委任した者、本件申請を行った者いずれも松夫ではなかったとして、原告(別件訴訟の被告)敗訴の判決を言い渡した。
これに対し、原告は、控訴したが、同年一一月二七日、東京高等裁判所は,原審と同旨の認定をして控訴棄却の判決を言い渡し、同判決は確定した。
6 丙川は、事業に失敗し、松夫と称する者も不明であり、原告は丙川に対する前記貸金の回収ができない。
7 「前橋市印鑑登録及び証明に関する条例」(昭和四九年一二月九日条例第五八号。以下「本件条例」という。)四条は、本人確認につき大要次のように定めている。
(一) 市長は、印鑑登録申請があったときは、当該登録申請者が本人であること及び当該申請が本人の意思に基づくものであることを確認するほか、印鑑登録申請書に記載されている事項その他必要な事項について審査のうえ、登録する。
(二) 右確認は、印鑑登録申請の事実について当該申請者に対して照会書を送付し、その回答書を登録申請者等に持参させて行うことを原則とする(以下「照会書方式」という。)。
(三) 申請時に申請者が印鑑を持参し、次のいずれかの提示によって、市長が、当該申請者が本人であること及び当該申請が本人の意思に基づくものであることが適正であると認定したときは、照会書を省略できる。
(1)官公署の発行した免許証、許可証若しくは身分証明書であって本人の写真を貼付したもの又は外国人登録証明書(以下「身分証明書方式」という。)
(2) 前橋市において既に印鑑登録を受けている者により登録申請者が本人に相違ないことを保証された書面(以下「保証人方式」という。)
三 争点
1 本件申請を受理するに際し、被告の担当職員に本人確認不十分の過失があったか。
(原告の主張)
本件条例によれば、原則はあくまで照会書方式であり、形式的に保証書が提出されただけでは照会書を省略できず、前橋市が保証人方式により本人確認ができるのは、保証書によって本人であると設定できるときすなわちその保証人が申請者の配偶者や同居の親族等の場合に限られると解すべきある。
被告の担当職員丁原梅夫(以下「丁原」という。)は、本件申請に際し、松夫と称する者に住所、氏名、年齢、家族関係等を質問しておらず、同人が身分証明書を所持していなかったことから、丙川が署名押印した保証書の提出を受けただけで、印鑑登録を完了させており、丙川と松夫との関係等を質問することもなかった。
以上のとおり、保証書によって本人であると認定できないのに、照会書方式による本人確認を行わなかった丁原には、本人確認不十分の過失がある。
(被告の主張)
丁原は、松夫の本人確認につき、本件条例所定の保証人方式による本人確認を行った。
即ち、丁原は、松夫と称する者に、面前で印鑑登録申請書に自署捺印してもらい、申請書記載事項と住民基本台帳に登録された事項(以下「住民登録事項」という。)とを照合し、保証書記載の保証人の住所、氏名及び印影を保証人の印鑑登録申請書と照合し、加えて、前橋市における保証人方式の場合の実務慣行として、申請者本人に、申請者の住所、氏名等を質問し、本人の同一性確認を一層確実にした。
丁原の行った確認は、自治省行政局振興課長各都道府県総務部長あて通知「印鑑の登録及び証明に関する事務について」所定の印鑑登録証明事務処理要領(以下「事務処理要領」という。)、本件条例、本件条例施行規則、群馬県総務部地方課行政係作成の印鑑登録証明事務の手引き及び制度趣旨に照らした実務慣行に則っており、相当な調査を尽くしたものと言える。
原告は、保証人方式による本人確認ができるのは、保証人が申請者の配偶者や同居の親族である場合等に限られるべきであると主張するが、本件条例も自治省の事務処理要領も保証人資格を右主張のように限定しておらず、失当である。
よって、丁原には本人確認不十分の過失はない。
2 過失相殺
(被告の主張)
原告は貸金業者として、借主の信用調査を行ったり、取引の具体的状況に応じた本人の意思を確認すべき義務を負っていたところ、本件では、四〇〇〇万円という高額の融資をするのに丙川の信用調査をした様子はなく、丙川の連帯保証人かつ担保提供者となる松夫の意思を、松夫の自宅を訪問するなり、住所に文書照会するなりして確認することを怠り、融資した。
したがって、原告が債権回収不能による損害を被ったとしても、右は、原告自身の過失によるものというべきであるし、少なくとも、右過失は損害額を定めるにつき斟酌されるべきである。
(原告の主張)
原告が、松夫との連帯保証契約、抵当権設定契約、売買予約について事前に松夫に契約意思を確認しなかったことは認めるが、公証人が本人であることを確認し、公正証書により連帯保証契約、抵当権設定契約を締結すれば、契約の真正なることが保証されると判断し、平成七年七月二七日に公証人役場で右内容の公正証書を作成した。
更に、登記手続についても、司法書士が登記意思を本人に直接確認している。
原告は、公証人、司法書士による二重の確認が行われ、本人であると確認されたので、丙川に貸し付けたのであり、過失は存在しない。
第三 当裁判所の判断
まず、争点1につき検討する。
一 印鑑登録証明制度は、我が国における印鑑の果たす機能に着眼し、各市町村が、地方自治法二条三項一六号(住民、滞在者その他必要と認める者に関する戸籍、身分証明及び登録等に関する事務)所定の固有事務として、自ら条例等を定めて行っているものであり、各市町村の住民が重要な取引をする場合等に、その相手方において、正確かつ簡明に本人の同一性の確認及び本人意思の確認を行い得るようにすることを目的としているものであって、不正な登録がされた場合には、その本人等に重大な損害を与えかねないことに鑑みると、印鑑登録証明制度を採用する各市町村の印鑑登録事務担当職員において、印鑑登録等の申請を受理する際は、同申請者が本人であること及び当該申請が本人の意思に基づくものであることを確認する注意義務を負うというべきである。
右注意義務の程度であるが、財産上の取引における本人確認手段は印鑑登録証明書以外にないわけではない上、印鑑登録等の事務は、住民に対する奉仕という側面も有し、住民の便宜も考慮する必要があることから、大量かつ適時に行う必要性がある等の点に鑑みれば、右担当職員は、原則として、印鑑登録証明制度についての条例、規則その他の法規の規定内容に照らして相当な調査を遂げるべき注意義務を負うに止まり、右調査の結果、平均的な印鑑登録事務担当者を前提としても、当該申請者と本人との同一性ないし本人意思適合性に疑問を抱くべき事情があった場合にのみ、更に適当かつ可能な調査をすべき義務を負うと解するのが相当である。
二 これを本件について見るに、前記争いのない事実等及び後掲証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 印鑑登録証明事務に関する法規の規定状況
(一) 昭和四九年二月一日付け自治振第一〇号自治省行政局振興課長から各都道府県総務部長あての通知「印鑑の登録及び証明に関する事務について」は、直接証明方式(登録印を持参させ、その印鑑と登録済みの印鑑の印影とを肉眼によって照合し、同一性が確認された場合に証明書を発行する方式)から間接証明方式(印鑑票に登録済みの印影を複写機により複写し、登録してある印影の写しについて証明書を発行する方式)への移行を奨励したものであるが、同時に市町村の印鑑登録証明制度の改善は、事務処理要領を準拠として行うのが適当であるとして、統一的処理基準を定めている。
そして、事務処理要領は、その第2(印鑑の登録に関する事項)3(登録)において、市町村が印鑑登録に当たり行うべき本人確認の方法を定めており、照会書方式を原則としながらも、身分証明書方式や保証人方式によって本人の同一性及び本人意思について確認することを認めている。
(二) 本件条例四条における本人確認の方法は、事務処理要領の規定内容と同一である。
また、本件条例施行規則三条は、本件条例四条をうけて、「印鑑の登録の申請があったときは、その者の住所、氏名、男女の別及び出生の年月日を住民票又は外国人登録原票と照合し、審査するものとする。」とし、本人確認の一内容として、申請書等の記載事項と住民登録事項等との一致を確かめるよう規定している。
2 本件変更申請の状況
(一) 平成七年七月三日、松夫と称する者が、丙川とともに前橋市役所市民部市民課の窓口を訪れ、印鑑登録の変更をしたい旨同課職員である丁原に申し出た。
丁原は、松夫と称する者に対し、運転免許証か官公署が発行した顔写真付きの身分証明書を持参しているかを尋ねたところ、同人から持っていないとの返答を受けたため、申請者が本人であるか等を確認する必要があること、そのための手段として運転免許証等の身分証明書の提示による方式(身分証明書方式)以外に、既に前橋市に印鑑登録している者が本人に相違ないことを保証する方式(保証人方式)と、市が照会書を申請者に送付して、後日申請者が回答書を持参する方式(照会書方式)があること、及びそれぞれの手続について説明した。
松夫と称する者は、丙川を保証人とする保証人方式で行いたいと希望し、丁原は、丙川に対し、保証人となる本人であるか、前橋市に印鑑登録しているか等を尋ねたところ、丙川は、いずれも肯定した。
そこで、丁原は、丙川を保証人とする保証人方式によって、申請者が松夫本人であるか確認することにした。
(二) 被告では、印鑑登録事務を行うために、受付窓口にパソコンを備え付けており、係員のキー操作で登録手続を段階的に処理し、画面上に表示される申請者の住民登録事項と比較する等して本人確認を行えるようにしていた。
丁原は、松夫と称する者に「印鑑登録される御本人さんですね。」と確認した上で、パソコンの「印鑑登録オンラインシステム」を呼び出し、該当世帯検索のメニューにし、同人に名前と生年月日を尋ね、その答えを入力すると、松夫方世帯全員の印鑑登録の状況が画面上に表示された。
丁原は、右画面のまま、松夫が既に印鑑登録済みである旨の画面表示と答えが矛盾しないか確かめるため、松夫と称する者に新規登録か改印かを尋ねたところ、改印であるとの答えがなされたことから、誤りのないことを確認した。
丁原は、再度該当世帯検索メニューに戻し、丙川に名前と生年月日を尋ね、その答えを入力すると、丙川方世帯全員の印鑑登録の状況が画面上に表示され、丙川が印鑑登録してあることを確かめた上、丙川の印鑑登録票をプリントアウトさせた。
(三) 丁原は、松夫と称する者に、印鑑登録廃止届書と印鑑登録申請書・印鑑登録票を交付し、面前で自署させ、次に、丙川に、印鑑登録申請書・印鑑登録票の裏面の保証書に自署させ、実印を押捺させた。
丁原は、松夫と称する者が書類に記入する状況を見ていたが、丙川に何か聞くこともなく一人で記入できており、おどおどしたり、落ち着かない素振りをするなどの不審な挙動もなかった。また、丙川についても、不審な態度は見られなかった。
丁原は、パソコンの「住民記録オンラインシステム」を呼び出し、丙川が保証書に記入している間、松夫と称する者に対し、「ご家族は何人ですか。」等の住民登録事項に関する質問をしたが、疑念を抱かせるような回答はなく、松夫と称する者の年格好も、松夫が大正一五年生まれであることに照らして不相応ではなかった。
丁原は、丙川が保証書の記入を終えたので、印鑑登録廃止届書、印鑑登録申請書・印鑑登録票を受け取り、同書面の記載と画面上の松夫の住民登録事項と全て一致しているのを確認した。丁原は、松夫と称する者から登録する印鑑を預かり、登録印影欄に押捺したところ、丙川の登録印であったことから、再度松夫と称する者の登録する印を預かり、同欄に押捺し、印鑑登録廃止届書にも右印鑑を押捺した。
丁原は、パソコンを操作して丙川の住民登録事項に切り替え、保証書の記載との一致を確認し、更に、プリントアウトした印鑑登録票の写しの印影と保証書に押捺された印影が一致することを確認した。
(四) 丁原は、書類等の照合が終わったため、印鑑登録証明書の要否を尋ねたところ、必要であるとの答えを得て、印鑑登録証明書交付申請書を松夫と称する者に交付した。右印鑑登録証明書交付申請書には松夫と称する者本人でなく、丙川が代わって記入をしたが、丁原は特に気にとめなかった。
(五) 丁原は、提出された印鑑登録証明書交付申請書を印鑑登録廃止届書、印鑑登録申請書・印鑑登録票と一緒に印鑑の審査登録係に回付した。
《証拠判断略》
三 以上認定のとおり、丁原は、本件申請に際して、松夫と称する者が保証人方式を選択したことから、保証人方式の場合の本人確認として、<1>同人の印鑑登録申請書・印鑑登録票への記入状況の確認、<2>住民登録事項に関する質問、<3>同人の年格好と松夫の生年月日との対比、<4>印鑑登録廃止届書、印鑑登録申請書・印鑑登録票の記載と住民登録事項との照合、<5>保証書の記載事項と丙川の住民登録事項との照合、<6>丙川の保証書への記入状況の確認、<7>丙川の印鑑登録票の印影と丙川が持参した印影の照合を実施しており、以上の本人確認は、本件条例四条及び本件条例施行規則三条に則ったものであると認められる。
たしかに、本件では、(1)印鑑登録廃止届書、印鑑登録申請書・印鑑登録票上の申請者松夫の筆跡が、松夫の署名票の筆跡と異なっていること、(2)印鑑登録申請書・印鑑登録票に記載された自宅の電話番号が、実際の松夫の自宅の電話番号と相異することが認められる。しかし、(1)については、前者の二つの筆跡が平成七年当時のものである一方、後者の筆跡が昭和四七年の登録時のもので、松夫は、本件申請時に七〇歳という高齢であったことを考えるならば、両者の筆跡が異なっていたとしても殊更不自然ではないともいえるし、(2)については、電話番号が住民登録事項に含まれておらず、電話番号が個人を特定するための資料とはいえないことに照らせば、平均的な印鑑登録事務担当者に疑問を生じさせ事実にあたると解することはできない。
他に、丁原が右のとおり本件条例及び本件条例施行規則に則った本人確認を実施した際に、松夫と称する者が松夫本人であるかどうか疑問を差し挟ませるような事情があったと認めるに足る証拠はない。
したがって、本件申請に基づき松夫の印鑑登録を行った丁原の職務行為について、申請者である松夫と称する者と松夫本人との同一性確認及び本人意思適合性確認に関する注意義務違反を認めることはできない。
なお、原告は、保証人方式によって本人確認ができるのは、保証人となる者が申請者の配偶者とか同居の家族である場合等に限られる旨主張するが、配偶者や同居の家族のいない住民も少なくないと考えられること、印鑑登録等が住民に対する奉仕との側面を有し、その便宜を考慮する必要のあること及び保証人となる者を印鑑登録した者に限ることで、後日不正が発覚した場合に、保証人として責任を負うべき者が特定でき、印鑑登録が真正に行われることを間接的に確保していると言えること等を考慮すれば、保証人を申請者の配偶者等に限定すべきであるとの原告の見解は採用できない。
第四 結論
よって、その余の争点について判断するまでもなく原告の請求には理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 舘内比佐志 裁判官 北岡久美子)